「本気で好き」なのは、やってることだろうか。やってる人だろうか。

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今日、久々に卒業した高校に行ってきました。目的は、今年度をもって離任される先生への挨拶と演劇部の後輩への激励。一週間ほど前にもまっっったく同じ理由で行った気もしますが・・・春休み中は意外と暇なものです。
きっかけは現在たった一人の2年部員(私が3年生のときに1年生だった)から相談を受けたからなのですが、なんと本日彼は高熱で欠席。まじかーい。
一緒に行く予定だった同級生2人のうち1人も風邪のため欠席。季節の変わり目で、風邪がはやっているんでしょうか。かくいう私も少し前に熱を出して一日ダウンしてしまいました;;

久々に部活動にいってみて

部活に行ったときの率直な感想は「彼(今の2年生)も苦労しているなぁ」でした。
現在の部員数は、三年生が卒業済みで、二年生が1人、一年生が7人ほど。つまりたった1人で7人をまとめねばらなず、しかもその7人は全員やる気があるかといえばそういうわけでもなさそうです。
卒業した私がとやかく言うのは筋違いですが、なんだか寂しくなってしまいました。
「演劇」はとても難しいもののため、先生とは別に特別顧問がついてくださっています。その人はプロの俳優として活動している方です。
そしてもちろん部員は一円も払っていません。
つまり私たちは、入部してから退部するまでの間、一円も払うことなく、完全無料でプロの方から稽古をつけていただけるのです。かなしいことに私は二年の秋に入部したため一年半弱しか演劇部に在籍することは出来ませんでしたが、その一年間にたくさんのことを教わりました。
それは演劇に対するものだけでなく、人間として・大人に近づいている者としてのマナーや礼儀作法、当たり前の常識、人生において大切にしなきゃいけないもの、将来など、多岐にわたります。
名乗るときにはフルネームで。挨拶とお礼はしっかり言うこと。返事はしっかりすること。「出来ない」「ムリ」「不可能」などを決して言わないこと。緊張するのは悪いことではないこと(「緊張はお芝居の味方。硬直はお芝居の敵」という言葉を言っていただいたことがあります。これは緊張しいな私にとって一筋の光のようなものでした)。「やめる」と簡単に言ってはいけないこと。「常に本気で取り組む」ということの意味。「覚悟」という言葉の重さ・・・などなどなど。ここには書ききれないほどたくさんのことを学びました。
今でも名前をきかれればフルネームでこたえるし、話をきくときには相手のほうを向くし、教えを乞うときにはメモを欠かしません。
私はその人をすごく尊敬しているし、感謝しているし、今でも会うと気が引き締まります。
だからこそ、現役部員のある一言が許せませんでした。
「○○(特別顧問の方)の暇つぶしに付き合えばいいんでしょ」
その人が来る前の発言です。その場でどうこう、ということはありませんでしたが、今でも心が穏やかになりません・・・。
プロの俳優さんが、将来演劇関係の職につくわけでもないヒヨッ子高校生に演技指導をしてくださっている。その状況の幸福さを、この子たちは知らないんだなぁと。
怒っているわけではないけれど、かなしくてたまりません。
ましてや今の一年生の中には、将来演劇関係を仕事にしたいと思っている人もいます。それなのに、わざわざ学校にきてやってくださる「演技指導」を「暇つぶし」なんて。
あぁこの子は、礼儀を知らぬまま大人になっていくんだなぁ。誰もなにも教えてくれないこれからの世界を、このまま生きていくのだなぁ。
そう感じました。
私もまだ学生の身分なので「社会」というものは「知っている」とは言えません。それでもまがりなりに少しずつ理解してきているとは思います。

そして今日、考えたこと

私は、演劇が好きです。大好きです。一度練習に入れば夕方まで集中が途切れないぐらいには好きです。部活以外の時間にも台本を読み込んだり発声したりするくらいには好きです。
だから演劇部に入っている一年ちょっとは、とても楽しい時間でした。もう、あっと言う間。むしろ「あ」さえ言えないくらいに。笑
けれど今日、稽古中に代役として劇に参加したり(もちろんまわりは後輩ちゃんくんたち)する中で、なにか「違和感」がありました。心の隅っこになにかがひっかかっているような。
それで思ったんです。
私は演劇そのものよりも、「一緒に取り組んでいる仲間」が好きだったのかもしれない、って。

そこにいる人たちが好きだったから本気でがんばったのか、それそのものが好きだったから本気でがんばったのか

ここでようやくタイトルに書いたことについてです。長い道のりでした・・・。
結論から言ってしまえば、私は両方です。
「演劇」自体も好きだし、まわりにいる人たちも好きでした。人間関係の悩みやトラブルもあったけれど、そもそも真面目に取り組まなければ悩みもトラブルもないのだからある意味幸せだったと思います。大変だったけれど、その分成長することだってできました。
演劇をやれているとしても、まわりの人が頼んでいなければ、真剣に取り組んでいなければ、私はきっと本気にはなれないと思います。(もちろん遊びでやるのも楽しいです。即興でなにかやったりゲーム形式でやったり。でもそれだけじゃやっぱり物足りないのです)
逆に、本気になれる人たちといても、演劇をやっていなければ、なにかがくすぶったままになってしまうのだと思います。というか、その状況で演劇をしないとか、ムリです。体が勝手に動き出してしまいます。
演劇についてのスキルはもちろん現役のときより落ちました。声量も動きも体力も。けれど、心の中にある熱意だけは、変わっていませんでした。
それが嬉しくて、だからこそ「本気でやれない環境」だった今日がすごくむなしいというか、やるせなく感じたのです。
好きなものは、本気でやりたい。
これが私の今の気持ちです。
これは演劇だけではなく、勉強でもなんでも。私はなにかひとつのことを始めるなら本気でそれに取り組みたいし、どうせなら本気で取り組みたいと思っている人たちとやりたいです。
別に全員が全員本気でやれなんて思っていません。なにを重要視するかは人それぞれだからです。
演劇ひとつとったって、「よりよい作品を作り上げたい」という人もいるし、「その場にいる人たちとの時間をつくりたい」という人もいるし、「ただ遊びたい」という人もいるし、もしかしたら「なんかよく分からないけど流れでやってる」という人もいるかもしれません。
ただ私が「やるなら本気で」派なだけ。
それだけだから、別に今日だって無理強いしたりはしません。えらぶって説教垂れ流す事だってありません。
ただ、ちょっと寂しかった。
それだけの話なのです。
鷹れん

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